- 仕事も勉強も遊びもあきらめない! 夢をかなえる時間術。
CAMELOT
2012.05.11
Camelot - Season 1 [DVD]
最近、楽しく見ているのが「Camelot」。若きアーサー王が主人公のドラマです。
アーサー役のジェイミー・キャンベル・バウアーはよく知らないけれど、魔術師マーリンは「フラッシュフォワード」に出ていたジョゼフ・ファインズ。アーサーの生母は「ジョー・ブラックをよろしく」のクレア・フォーラニとなじみの顔多し。
当然ながら、アーサー王伝説のあれこれが盛り込まれています。
こういうのは文章で読むとすぐに忘れてしまうのですが、映像だと記憶に残りやすくていいですね。
アーサー王が石に刺さった剣を抜くことによって王の血筋を証明したとか、湖から突き出た女性の腕にエクスカリバーが握られていたとかいった伝説もわかりやすく示されていました。
ドラマでは、どちらもマーリンが関わっていることになっていますが……。
さてさて、ドラマでは、アーサーは、臣下レオンテスの妻、グイネヴィアと通じています。
アーサーとグイネヴィアのラブシーン(かなり濃厚で過激)や、ふたりの場面が実はかなり退屈。
確かグイネヴィアといえば、アーサー王の后でありながら、円卓の騎士長ランスロットとも不倫の恋に落ちるはず。浮気者設定ですね。
残念ながら、このドラマはシーズン1で打ち切りのようです。
(過激なラブシーンがいけなったのでは? せっかくのアーサー王伝説なのに子どもに見せられないものねえ。)
ランスロットが登場する前に終わってしまうのかな。
マット・カッツ「30日間チャレンジ」
2012.05.05
Eテレのスーパープレゼンテーション。見忘れていた4月2日の録画を見ました。
この日放映されたマット・カッツさんのプレゼンには、ものすごく共感しました。
カッツさんは、ずっとするつもりでいたこと、なかなかできないことを試しに30日間やってみよう、と提案し、自分の体験を話してくれています。
会社に自転車で通勤したり、アフリカの最高峰キリマンジャロに登ったり、小説を書いたり。
大切なことは、さまざまな挑戦を通して自分に自信がつくようになった、とのこと。
期間を設定して挑戦するという考え方は、先日、わたしが出版した『仕事も勉強も遊びもあきらめない! 夢をかなえる時間術。
』(すばる舎)にも通じるところがあります。
やりたかったこと、やるべきだと思ったことに挑戦すれば、実際の成果だけでなく、「自信」という心理的に大きなものを得られるのですよね。
マット・カッツさんのプレゼンをご覧ください。
TED公式サイトでは、日本語字幕つきで見ることができます。
ところで、プレゼン番組にしては、キャストのcrutchやpause filler(「あ〜」とか「え〜と」とか)が多すぎるのではないでしょうか。
ただし、会話では、沈黙するよりは、こういうpause fillerを使ったほうがいい、と言われたこともあります。


仕事も勉強も遊びもあきらめない!
夢をかなえる時間術。
この日放映されたマット・カッツさんのプレゼンには、ものすごく共感しました。
カッツさんは、ずっとするつもりでいたこと、なかなかできないことを試しに30日間やってみよう、と提案し、自分の体験を話してくれています。
会社に自転車で通勤したり、アフリカの最高峰キリマンジャロに登ったり、小説を書いたり。
大切なことは、さまざまな挑戦を通して自分に自信がつくようになった、とのこと。
期間を設定して挑戦するという考え方は、先日、わたしが出版した『仕事も勉強も遊びもあきらめない! 夢をかなえる時間術。
やりたかったこと、やるべきだと思ったことに挑戦すれば、実際の成果だけでなく、「自信」という心理的に大きなものを得られるのですよね。
マット・カッツさんのプレゼンをご覧ください。
TED公式サイトでは、日本語字幕つきで見ることができます。
ところで、プレゼン番組にしては、キャストのcrutchやpause filler(「あ〜」とか「え〜と」とか)が多すぎるのではないでしょうか。
ただし、会話では、沈黙するよりは、こういうpause fillerを使ったほうがいい、と言われたこともあります。
仕事も勉強も遊びもあきらめない!
夢をかなえる時間術。
テンプル・グランディン〜自閉症とともに
2012.05.03
ケーブルTVで「テンプル・グランディン〜自閉症とともに」というテレビ映画を見たので紹介します。
アメリカのケーブル局HBOで制作され、エミー賞の各部門で受賞を果たしました。
生まれながら自閉症という障害を抱える主人公テンプル・グランディン。
自閉症に対する社会の理解はまだまだ遅れているものの、困難に負けずに目的のために突き進んでいきます。
高機能自閉症である彼女は、並はずれたビジュアル思考力を有していて、ほかの人とは違う考え方や見方ができます。
その能力を活かして、家畜に恐怖や苦痛を与えない食肉加工用施設を開発しました。「食肉にする動物だからこそ、敬意を払うべきだ」とテンプルは考えます。「自然は残酷だけれど、人間はやさしくなれるはず」と。
テンプルは、現在、コロラド州立大学教授を務めているそうです。


Temple Grandin [DVD] [Import]
DVDは輸入モノなので字幕はありません。またリージョン1であるため、通常のプレーヤーでは再生できません。ご注意ください。
アメリカのケーブル局HBOで制作され、エミー賞の各部門で受賞を果たしました。
生まれながら自閉症という障害を抱える主人公テンプル・グランディン。
自閉症に対する社会の理解はまだまだ遅れているものの、困難に負けずに目的のために突き進んでいきます。
高機能自閉症である彼女は、並はずれたビジュアル思考力を有していて、ほかの人とは違う考え方や見方ができます。
その能力を活かして、家畜に恐怖や苦痛を与えない食肉加工用施設を開発しました。「食肉にする動物だからこそ、敬意を払うべきだ」とテンプルは考えます。「自然は残酷だけれど、人間はやさしくなれるはず」と。
テンプルは、現在、コロラド州立大学教授を務めているそうです。
Temple Grandin [DVD] [Import]
DVDは輸入モノなので字幕はありません。またリージョン1であるため、通常のプレーヤーでは再生できません。ご注意ください。
フォートナム&メイソンのアフタヌーンティー
2012.05.02
メゾンブルトンヌ(笹塚)
2012.05.01
「負傷者16人-SIXTEEN WOUNDED-」(2回目)
2012.04.30
(ネタバレ含みます)
「負傷者16人」2回目の観劇。
1回目のときよりも、セリフのテンポが良くなった気がする。1回目はまだ初日の次の日で、感情のこもりすぎなのか、セリフが詰まってしまって、間が長すぎるときがあった。
ハンスとマフムードの2人の場面はとてもとても長いので、緩急のコントロールが大切に思う。
さて、2回目は1回目よりも、よりはっきりと見えてくるものがあった。
とくに今回はハンスの苦悩により気持ちを重ねて観ることができた。
ユダヤ人ハンスはドイツ人に協力することによって、強制収容所を生き抜いた。そのことはハンスを苦しめる。恥と苦しみのあまり、彼は両親が生きて戻ってこないことを祈った。そして、逃げて、盗みにはいったパン屋の主人に助けられ、息子のように育ててもらったのである。亡くなった主人から譲り受けたパン屋を、ハンスは外の世界から必死に守っている。ところが、マフムードが目の前に現れた。ハンスは、マフムードが主人から受けた恩を返すべき相手だと直感する。マフムードを助けたことで、彼の世界に現実が持ち込まれてしまった。
ところが、それは、マフムードが持ち込んだのではなく、ノラ(マフムードの恋人)が言うように「ずっとここにあった」ものなのである。そして、なにが正しいか、なにが間違っているかは、マフムードの子を身ごもったノラのおなかのなかで、ごたまぜになって分けられなくなってしまったのだ。
前回観劇したときに、最後の場面で「10人が死亡し、16人が負傷しています」というニュースを聞いたとき、ああ、だからタイトルが「負傷者16人」なのね、と納得した。
しかし、きょうは思った。「あれ、10人の死亡者のことは?」
16人負傷よりも10人死亡のほうが重大事ではないのだろうか。それなのに、なぜこのタイトルなのだろう。
生き残った人のほうがつらいから? いや、そんな理由のはずはない。
負傷して生き残った人がテロリストになる? いや、死亡者の周囲の人の嘆きと憎しみだって大きいはずだ。
なぜ、タイトルが「負傷者16人」なのだろう?
原作者のエリアム・クライエムは、やはりそれを訊かれて、直接答えずに「観ればわかる」と言ったようである。
残念ながら、わたしは観てもわからなかった。
それでも、自分なりになんとか答えをだしたかった。数時間悩み続け、そして思った。
原文の最後が「10 killed (あるいはdead) and sixteen wounded」だったら?
そして、タイトルは「Sixteen Wounded」である。
そうか。音楽で言えば、ダカーポ、つまり「はじめに戻る」だ。
この物語は繰り返す。
そのやるせなさと悲しみと怒りが、このタイトルにこめられているのに違いない。
(原文が違えば、この解釈は大ハズレですけれどね)
「負傷者16人」2回目の観劇。
1回目のときよりも、セリフのテンポが良くなった気がする。1回目はまだ初日の次の日で、感情のこもりすぎなのか、セリフが詰まってしまって、間が長すぎるときがあった。
ハンスとマフムードの2人の場面はとてもとても長いので、緩急のコントロールが大切に思う。
さて、2回目は1回目よりも、よりはっきりと見えてくるものがあった。
とくに今回はハンスの苦悩により気持ちを重ねて観ることができた。
ユダヤ人ハンスはドイツ人に協力することによって、強制収容所を生き抜いた。そのことはハンスを苦しめる。恥と苦しみのあまり、彼は両親が生きて戻ってこないことを祈った。そして、逃げて、盗みにはいったパン屋の主人に助けられ、息子のように育ててもらったのである。亡くなった主人から譲り受けたパン屋を、ハンスは外の世界から必死に守っている。ところが、マフムードが目の前に現れた。ハンスは、マフムードが主人から受けた恩を返すべき相手だと直感する。マフムードを助けたことで、彼の世界に現実が持ち込まれてしまった。
ところが、それは、マフムードが持ち込んだのではなく、ノラ(マフムードの恋人)が言うように「ずっとここにあった」ものなのである。そして、なにが正しいか、なにが間違っているかは、マフムードの子を身ごもったノラのおなかのなかで、ごたまぜになって分けられなくなってしまったのだ。
前回観劇したときに、最後の場面で「10人が死亡し、16人が負傷しています」というニュースを聞いたとき、ああ、だからタイトルが「負傷者16人」なのね、と納得した。
しかし、きょうは思った。「あれ、10人の死亡者のことは?」
16人負傷よりも10人死亡のほうが重大事ではないのだろうか。それなのに、なぜこのタイトルなのだろう。
生き残った人のほうがつらいから? いや、そんな理由のはずはない。
負傷して生き残った人がテロリストになる? いや、死亡者の周囲の人の嘆きと憎しみだって大きいはずだ。
なぜ、タイトルが「負傷者16人」なのだろう?
原作者のエリアム・クライエムは、やはりそれを訊かれて、直接答えずに「観ればわかる」と言ったようである。
残念ながら、わたしは観てもわからなかった。
それでも、自分なりになんとか答えをだしたかった。数時間悩み続け、そして思った。
原文の最後が「10 killed (あるいはdead) and sixteen wounded」だったら?
そして、タイトルは「Sixteen Wounded」である。
そうか。音楽で言えば、ダカーポ、つまり「はじめに戻る」だ。
この物語は繰り返す。
そのやるせなさと悲しみと怒りが、このタイトルにこめられているのに違いない。
(原文が違えば、この解釈は大ハズレですけれどね)
神代植物園
2012.04.29
渋谷シティラウンジのハンバーガー
2012.04.28
- 仕事も勉強も遊びもあきらめない! 夢をかなえる時間術。



















